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Identification of Bean goose subspecies
ヒシクイの分類
1.ヒシクイの分類
ヒシクイ(Anser fabalis)はユーラシア大陸に広く分布するガンの一種である.繁殖地の気候帯と形態によって「ツンドラ型」と「タイガ型」の二つのグループに分けられ,ツンドラ型の2亜種(亜種ヒシクイA. f. serrirostris,ロシアヒシクイ A. f. rossicus)とタイガ型の3亜種(オオヒシクイA. f. middendorffii,ニシヒシクイ A. f. fabalis,ニシシベリアヒシクイA. f. johanseni)に分類される(Delacour 1951, del Hoyo et al. 2014).
しかし,ヒシクイの種と亜種の分類については近縁のコザクラバシガン(Anser brachyrhynchus)も含めて多くの議論があり,これまで最大8亜種を含む1種から6種の分類が提案され,現在でも統一見解が得られていない(Ruokonen & Aarval 2011, Reeber 2015, Ottenburghset al. 2016, 2020).例えば,Sangster & Oreel (1996) は形態や行動からツンドラ型とタイガ型を別種として扱うことを提案し,この分類はAmerican Ornithological Society と International Ornithologists' Unionで採用されている(Banks et al. 2007, Clements et al. 2018).また,Mooij & Zöckler(1999)はニシシベリアヒシクイを除く1種4亜種を提案し,一部ヨーロッパで採用されている(Crochet 2015).
近年の分子系統解析からは,亜種ヒシクイ,ロシアヒシクイ,ニシヒシクイをミトコンドリアDNAに基づいてひとつの多形種として扱い,オオヒシクイを別種として独立する提案がされた(Ruokonen et al. 2008).ニシシベリアヒシクイについては,限られたサンプルの解析の結果であるが,オオヒシクイとほぼ合致する結果となっている(Ruokonen & Aarval 2011).一方,Ottenburghs et al.(2016, 2020)は,コザクラバシガンとツンドラ型ヒシクイが近縁な姉妹群の関係にあったことを報告し,種の系統関係と遺伝子の系統関係の不一致(incomplete lineage sorting)と交雑がヒシクイ-コザクラバシガンの系統分類を複雑にしており,種と亜種を決定づける進化の道筋を解き明かすためには,分布全域における入念なサンプルの採取とゲノム解析が必要としている.
なお,東アジアーオーストラリアフライウェイパートナーシップ(EAAFP)では水鳥の名称と分類について「Handbook of the Birds of the World/BirdLife International Illustrated Checklist of the Birds of the World, Volume 1: Non-passerines」(del Hoyo et al. 2014)に従うと第10回パートナー会議で採択されており,ここではヒシクイを1種5亜種として扱う.