Identification of Lesser White-fronted Goose

カリガネ識別資料

1.カリガネの分布と個体群

 カリガネAnser erythropusは,スカンジナビア半島からユーラシア大陸の東端まで広く分布している.繁殖域と渡り経路によって,3つの地域個体群(フェノスカンジア個体群,西側主要個体群,東側主要個体群)とスウェーデンにおいて再導入された個体群に分かれている.

 全世界での個体数は,24,000-40,000羽と推定されており,IUCNのレッドリストでは,危急種(Vulnerable)に(BirdLife International 2020),環境省レッドリストでは,絶滅危惧IB類に指定されている(環境省 2014).

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カリガネの分布と渡り経路(Mikander 2015より抜粋).緑矢印:フェノスカンジア個体群の渡り経路,オレンジ:フェノスカンジア個体群の繁殖失敗個体が換羽のためにわたる経路,青:西側主要個体群,東側主要個体群の渡り経路,黄緑:スウェーデン再導入個体群の渡り経路.黄緑色のエリアは繁殖地,水色は中継地,越冬し,オレンジは換羽地.

〇 フェノスカンジア個体群

 スカンジナビア半島,フィンランド,ロシアのコラ半島で繁殖する個体群で,冬季には,フィンランド,エストニア,ポーランド,ハンガリーなどを経由してギリシャで越冬する.また,繁殖に失敗した個体は,東に渡り,ウラル山脈を越え,オビ川渓谷に沿ってカザフスタン北部を経由し,越冬地であるギリシャに渡る.

 この個体群は,20世紀初めには10,000羽と推定されていたが,減少を続け,2004年には20-30ペアにまで減少した.原因は,繁殖地でのトナカイの放牧による生息地の劣化,キツネによる捕食圧の増加,渡りルート上での違法狩猟などである.現在は,これらの脅威に対する取り組みが行われ,100-120羽ほどに回復している.

 

〇 西側主要個体群

 ロシア北部のツンドラ地帯からタイミール半島中部にかけて繁殖する個体群.秋の渡り時期にはオビ川に沿ってカザフスタン北部を経由し,アゼルバイジャン,イラクなどで越冬する.カザフスタン北部は100万羽ともいわれるガン類の一大越冬地になっている.この中からカリガネを識別して個体数を数えるのは至難の業だが,ここでの調査で西側主要個体群の個体数は,10,000から30,000羽と推定されている.

 この個体群では,特にロシア,カザフスタンでの狩猟が大きな脅威になっている.カリガネは保護鳥になっているが,マガンと混獲されることにより,多くのカリガネが犠牲になっている.また,アゼルバイジャンやイラクなどでは,ダムの建設や河川管理による生息地の劣化も脅威となっている.

〇 東側主要個体群

 タイミール半島からチュコト半島にかけて繁殖し,中国,日本で越冬する個体群.中国の洞庭湖が最も大きな越冬地となっている.1980年代後半から1990年代前半には,中国の安徽省,江西省,江蘇省などを中心に6~7万羽が生息していたと推定されていたが,2011年には14,000-19,000羽,2020年には4,190羽と急激に減少していることが報告されている(Jia et al. 2016, Ao et al. 2020).減少の主な要因として,カリガネは草丈の低い草を好んで採食するが,三峡ダムによる水位管理などの影響で,カリガネの採食に適した生息地が減少していることが指摘されている.

 一方,日本では,秋の渡り時期に北海道のサロベツ湿原を中継し,宮城県の伊豆沼周辺で越冬する.また,島根県の斐伊川流域にも少数が越冬する.宮城県における越冬数は,2000年以降増加傾向にあり,2019/2020年のシーズンには,300羽を超える個体数が越冬した.中国の生息地劣化に伴い,越冬地を日本にシフトしている可能性が考えられる.

〇 スウェーデン再導入個体群

 かつてスウェーデンにおいてフェノスカンジア個体群が繁殖していた地域に,人工繁殖させた個体を再導入させたもので,人工的に渡り経路を学習させ,オランダで越冬する個体群.

 スウェーデンでの人工繁殖プログラムは1970年代後半に開始,1981年から野外放鳥が開始され,1999年までに346羽が放鳥された.カオジロガンを里親として用い,これらの鳥に従って渡りをすることでオランダの越冬地までの渡りを学習させた.

 しかし,人工繁殖に用いた個体にマガンやハイイロガンの遺伝子が混ざっていることが明らかとなり,2009年まで放鳥が中止された.2010年からは,これらの遺伝子を薄めるため,ロシアで捕獲した野外由来の個体を人工飼育し,放鳥を実施している.2011年には,オランダの越冬地で92個体が確認されている.